避けて通れない道

前回あんなことを書いておいて何なのだけど、カレー作った。しかも2回作った。チキンカレーとビーフカレー
カレールーは意地でも使わず、わざわざスパイスを買った。実際に油でスパイスを炒めて、香りを出して、とやってみると、悔しいのだけど、実に楽しい。
日本においてカレーは実にポピュラーな食べ物であって、それ故製品開発も活発に行われている。つまり、専門家によって調合されたカレールウやら何やらが簡単に手に入る訳で、素人がスパイスからカレーを作るメリットは、実のところ殆ど無いと考えられる。それなのに、何故わざわざ作るのかと言えば、これはもう、楽しいからに他ならない。材料を消費し、加工して、製品を作り上げる遊びが楽しいのである。
そう言った点から見ると、カレーは実に魅力的な対象である。使う材料が多いし、選択肢が豊富だし、そこそこ手が掛かる割に、特別困難な調理法や特殊な器具を必要としない(基本炒めて煮込めば良い)。更に、手を加えることで完成度を上げることも可能だ(濾したり、ミキサーに掛けたり、数日煮込み続けたり)。つまり、導入が手軽でありながら、カスタマイズ性が高い。趣味としては最適かもしれない。刺身やにぎり寿司では、流石にこうは行かないだろう(専門性が高すぎるというか、もはや職人やマニアの領域であると思わざるを得ない)。


カレーに限らず、ここ一ヶ月ほど、おでんやら角煮やら幾つかの料理を作ったのだけど、改めて感じたことは、自炊は贅沢行為であり、もはや趣味の領域だろうと言うこと。
余程の僻地に住んでいない限り、料理など作れなくとも、生きていくには困らない。しかも、一人暮らしで自炊をしても、経済的な得は殆ど無い。掛かる労力を鑑みれば、むしろマイナスである。
個々人の役割が高度に専門化されつつある現代社会において、“調理”という行為が、今後どれほど一般性を保ち続けられるのか、その動向が注目される昨今である。