鞄屋


鞄を買いに駅前のデパートまで足をのばすと,不思議な鞄屋があることに気づいた.
入り口はジッパーで閉じられていて,間取りは縦に細長い.
このお店は鞄で出来ているんですね
声を掛けつつ,店の奥を見ると
姿勢良く座っている店主の両肩に,帯状の何かが巻き付いているのが見えた.
おそらく革製であろうその帯は,すぐ後ろの壁に繋がり,固定されている.
あれでは,店主は椅子から立つこともままならないのではないだろうかと,少し不安になった.
今日限りで,店舗を移転することになったんですよ.
そういったかと思うと店主は,手元にあるレバーを掴み,引いた.
その瞬間,店舗の内壁,及び店内に陳列された数々の商品群が一気に翻った.
店舗は跡形も無く消え去り,周囲は剥き出しのビルの内壁.
そして店主は,自分の躯くらい大きなリュックを背負っている.
便利そうですね.僕は言った.それは売ってないんですか?
ウチは鞄屋ですから.そういうと店主は,おぼつかない足取りで立ち上がり,去っていった.
あとには,彼女の座っていた背もたれの無い椅子だけが残された.