嘘のような妄想の蔓延しうる刹那的条件


深夜に目覚め,夜を越して迎えた明け方というのは,そりゃもう特別なもので
この世にもし,天才が生まれる瞬間というものがあったとしたら,間違いなくこの時間帯だろうと思えるほど
全人類を救済する世紀の大発明だろうが
普段何ともない素振りで生活していた人間の,突然の自殺だろうが
この時間帯に起きた出来事だと言われてしまえば,多少の疑いはあっても,なんとなく納得出来てしまう
それくらい,特別なのです
太陽の眩しさに耐えかねて殺人を犯す人間がいたとしたら
それは朝日の眩しさであったに違いありません


とにかく,様々な思考,空想が,脳の中を縦横無尽に駆け回り
起きている時間の内,夢の中の状態に最も近い
自分の場合,その思考速度にボキャブラリとタイピング速度が追いつかなくて
それらをダイレクトに文章として書き表せないことが,全身全霊で悔やまれるほど
こうしてパソコンに向かって,文章を書きつづってゆく内に
どんどん頭が落ち着いてきて,新鮮な空想は劣化し
行儀の良い単語ばかりで構成された,無難な文字列ばかりが溜まってゆく
自らの凡才を嘆く瞬間でもあります


そうこうしている内に,皇帝は去ってゆく
黙々と畑を耕す農民ばかりが取り残される
鍬を持つ手は,最早震えることもない
なぜなら彼は,馴染みの手,馴染みの道具に,疑念を抱く叡智を持ちあわせていないのです